8月の引退発表から連戦が続く澤宗紀選手。ほとんどの試合が団体ラスト参戦となる中、唐突に発表されたのが「崖のふちプロレス第5戦 松本都vs澤宗紀」。告知が試合5日前だからホントに唐突!それでいて124人の好き者が集まったのだから、とりあえず崖プロは「こじらせ系プヲタ信頼のブランド」として認識されてたのは間違いなかろう。それでこんなサスケ戦・菊池戦以上の試合見せられたら!プロレスから一番遠く、それでいてプロレスの真髄がある。松本都の奇才っぷりが遺憾なく発揮された興業だった。
松本都選手のアイス退団→崖のふち旗揚げの流れについては以前こうとかこんな感じで書いた。ま、それなりに思い入れをもって見てたわけですよ。その後女子選手相手の2大会はおいといて、旗揚げ戦のvs菊池穀と第2戦vsザ・グレートサスケ戦を崖のふちプロレスのカラーとして捉えるならば、「大物選手を呼んでのどインディーテイスト興業」とシンプルに見ることも出来る。別の見方をすれば「松本都選手の女子的世界に大物男子選手が挑む、極めて特殊なミックスドマッチ」ともいえるだろう。過去4戦、そうした他にない団体カラーを楽しみつつも、正直物足りなく感じるところもあった。菊池・サスケといった唯一無二の人間力レスラーを、糸通し・ダンス・朗読など自分の極めて女子的な世界と対峙させることで対戦相手のインパクトを引き出すことには成功している。ただ、それを引き出すのが松本都のレスラーとしての力というよりは「五番勝負の仕掛け」、それと「役者としての器用さ」だけで対応してしまってるように感じたからだ。自分の世界を作り上げ、キャッキャ言ってる松本都を見るのは楽しい。たしかにこれもプロレス。しかし「レスラー松本都」も見たい自分としては食い足りない。もっとやりきった、ボロボロになった時の松本都も自分は見たいわけで。
そういう期待不安が半ばだった崖プロ、その次戦が澤宗紀戦というのはいろいろ想像させるに足るカードだった。共に女子対戦の少なさもあってプロレス対決では松本選手を持てあました感あった菊池・サスケに比べて、ミックスドマッチ経験の多い澤選手は彼女相手でも試合としてしっかり成立させ得るはず。ただ、試合以外における過去の歌や朗読といった五番勝負スタイルでは彼女以上に器用さとインパクトに勝る澤選手にあっさり食われてしまうだろう。これまでと同じ構成では「澤選手面白かったね」で終わってしまう。しかもそれが前のような「塗りつぶす」のならまだいいが、中途半端に「気を使われた感じ」になるのが一番キツい。そのためにもゲスト=対戦相手、ホスト=松本都の関係性ではない、もっと両者がスイングしたものが見たいのですよ。
しかして第5戦。やっと自分が見たかった「松本都のプロレス」が見れた気がする。ちゃんとしたレポートはこちらで。序盤「私もバチバチ系で売ってきたので…」と澤選手に挑んでは張り手一発でくずおれる都。池乃めだかか!とツッこむ間もなくたびたび打撃を喰らい、最初の討論あたりではもう完全に泣き顔。プロレスに関してはまったくもって完敗、しかも打撃喰らいまくりなだけに試合後物販に向かう顔はアザだらけ。でもその姿は紛れもなく「レスラー松本都」だった。先に書いたとおり、器用さでは澤選手には勝てない。そこで…と意識したかどうかは知らないが、試合の懸命さ=「不器用さ」を見せることでガッチリ客を掴んだ。レスラーがプロレスの不器用さを見せることで客を掴むってどうよ?とも思えるが、彼女は最初からそうだからいいんです!たとえ勝てなくても、リングに立ち続ける意志さえあればレスラー、という事を知らしめるのが彼女。それでいてボコボコにされて泣かされても、マイク持ったら涙を引きずらぬところが彼女の恐るべきハートの強さ。レスラー根性か、役者根性か、芸人根性かはわからないが、その意地が松本都を業界無二のレスラーとして際だたせているわけで。
そして試合中にリング上に椅子を置き、ネクロブッチャーばりの殴り合いか…と思わせておいて始まる「朝まで生テレビ」風討論、「ごきげんよう」サイコロトーク、さらにエチュード・漫才というネタのコーナー。そして内容はこれまでの「五番勝負」の流れを汲みながらも「どれだけ客を掴めるか」勝負。ほぼ即興であろうこのあたりは、レスラーとして以上にお互いの「芸人力」を試される場だ。特に今回のは過去の勝負と違って「予測不能」「言い訳不能」なものばかり。プロレスファンはどんな形であれ「シュート感」には敏感だ。やってることはサイコロトークでも、その内容がガチならザワザワした緊張感が生まれる。今回の興業は全体で見れば演劇的なのだけど、合間にそういう予測不可能な要素を入れたことで「緊張感あるプロレスっぽい何か」に仕立てあげた。
ただそれは相手が菊池・サスケではなく、澤選手だったというのがやはり大きい。プロレスがプロレスらしかった時代から活躍してきた過去のふたりは、もちろんエンタメ的なキャラクターもあるけれど、基本ボケっぱなしの人たち。相手に合わせるのではなく、塗りつぶすタイプだ。それに対して澤選手はメタ要素というかエンタメに振り切ったプロレスに関しては百戦錬磨。何よりいち早く「松本都のプロレス」にも対応できる感受性がある。サスケや菊池の時のようにボケで塗りつぶすのではなく、「この状況おかしいでしょう!」とツッコミをちょいちょい入れることで「崖のふちワールド」にキッチリ落とし込んでくれた。松本都の世界と澤宗紀の世界がきっちりスイングした、これが俺の見たかった崖のふちプロレスですよ!
あと今回の勝負テーマがテレビネタ中心で分かりやすかったのも大きい。椅子からの「見立て」も転換としては文句なし。そして歌をうたえばなんとなく締まった感じがする!という意味で最後の「鉄腕アトム」も良いエンディングだった。そういった要素と、ぶつ切りになりがちな5番勝負ではなく客の気持ちを途切れさせぬ60分一本勝負で描いたのもあり、かなり演劇に近いものといえるだろう。ある意味、木曽レフェリーと藤本リングアナの3人で「劇団崖のふち」として完成してた。しかし、強さと弱さ・本当とウソ・シリアスとコメディ…プロレスから一番遠いのにプロレスとは何かを考えさせる内容。そうそう、これが松本都のよくわからない凄さなんだよ!これほど「プロレスの自由さ」を楽しめてる選手は、あとは高木大社長くらいか。どんな3年選手だ。
前説で彼女自身「事故になるか神興業になるか…」と言っていたけども、これまで以上に崖のふちのさらにふちに挑む内容だったと思う。しかしこの日、崖のふちのさらにギリギリだから見えるプロレスの深淵がたしかにあった。彼女がどこまで意識したかは不明だけれど…。崖のふちはいつもグラグラ不安定、その緊張感があるかぎり最もエッジの効いたプロレスがここにある、のかもしれない。