読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サイタマビーチ

フリーライターの大坪ケムタの雑記とかイベントとかもろもろです。

『レスラー』

以前、ある高名なパンクバンドのギタリストの方と飲む機会があった。「パンク界イチ人がいい」という噂も納得するほど初対面の自分にも気さくに話してくださり、ついつい話し込んでしまったのだけど、その時「男の生き方とは?」という話になったのを覚えている。
そのギタリスト氏が「好きなことやってお金も地位も成功する、てのは羨ましいよ。キヨシローなんか理想的だよね」と言うのを聞いて、この人すごく信用できるなあ、と思った。ただ、現状がそうでない中どう男らしさを保って生きるか?という話になり、G氏は「女よりも金よりも好きなものを取って生きていく、てのに男らしさを感じる」とまさにロック!な生き方を語った。たぶん自分が20代ならそのまま理解なり納得なりしたと思うが、自分はこう言った。「でも、家族を持って守ってくってのも男らしさじゃないですか?」。今考えるとどっちも三十路四十路が語るにしては青臭い話だなあ‥。ともかく別にどちらが上だ下だという議論ではなかったので、G氏の「そうだねえ‥」という言葉のあと、その話はアルコールと共にどっかに霧散してしまったけれど、『レスラー』の最後のランディのマイクを聞いてそのやりとりを思い出した。
人間、生まれついて「家族」や「ふるさと」を持っているけれど、いずれ新しい「家族」や「ふるさと」を作ることになる、というのを結婚してなんとなく思うようになった。そして自分のふるさとであり家族をみつけたら、そこに留まる努力をしていかねばならない。そして、家族やふるさとはひとつの場所や人とは限らない。それがステージやファンという種族がいる。ランディ同様「あっち側」の人間であるG氏は女よりもギターをかき鳴らす場こそが自分の家族でありふるさとだと実感してたんだろうな。
この一ヶ月、いろんな人が亡くなった。全員がランディのような生き方をしてたわけではないが、皆真剣に自分、そして「家族のため」にリングやステージに上がってた部分はある、と信じたくなった。ならばこちらも観る側の人間としてせめて真剣に、クソ真面目に。

広告を非表示にする