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サイタマビーチ

フリーライターの大坪ケムタの雑記とかイベントとかもろもろです。

「わたしはこの団体を誇りに思っています」−RIBBON MANIA 2012雑記【追記あり】

納得してる、といえばウソになる。それはメインのタイトルマッチ・藤本vs志田の満足感においてもそうだし、さくらえみ選手の「一身上の都合」としか理由を明かされず、それでいて自ら「やめたくない」とはっきりリング上で言っている退団についてもだ。

希月あおいの復帰、センダイ初勝利、待ちに待った志田の戴冠と、これまでのアイスリボンから様々な新しい一歩が生まれた大会。ただ、何かの始まりは何かの終わりでもある。その「終わり」の方がことさらにクローズアップされてしまうのが今回の大会だった。それでもシリアスな2試合に挟まれたほもクロの恐るべき馬鹿騒ぎパワーもあって、最後までポジティブなパワーが会場に満ちていた。ただそれも「さくら退団」という哀しみから振り切ろうとしてのポジティブな姿に見えるだけにむしろせつなさが募る。

同じ「別れ」でもこの日をもってプロレスを卒業する聖菜と牧場みのり両選手の試合は、まさに学校の卒業式のような爽やかなものだった。姉妹喧嘩に追加マッチ、同期生・真琴の登場、全ての始まりである『さくらえびキッズ』のダンス。引退といっても17歳、むしろこれから彼女たちの人生が始まると言っても過言ではない。青い春の次には朱い夏、彼女らにはその道筋が眩しいほどはっきりと見えている。もちろんアイスで闘う飛香・りほたちにも。

やはり複雑な思い抜きに見れないのがさくら選手だ。最後の後楽園、やはりセンダイ相手に力負けは否めぬつくしのために前面に出て奮闘。最後さくら自身がスリーカウント取る方が楽だし説得力はあったはずだけど「自らの勝利」より「アイスリボンの勝利」を取った彼女はつくしに最後を託した。そこまで団体を愛してる人がなんで辞めなきゃいけないんだろうなあ。いろんな邪推しか我々はできない。引退と退団はプロレスの華、なのかもしれないけれど、考えれば考えるほど、そしてこの日の彼女を見れば見るほど意味がわからないよ。

さくらえみ所属ラスト試合は仙台リボン、ここがラストというのはおそらくポスターに彼女の写真があるからという理由だろう。そしてその翌日にはフリーとしてブル中野引退興業に参戦。さくらえみのアイス所属期間は残りわずか2週間、それもあっという間に過ぎてしまいそうだ。わずか数試合というのに退団マッチが煽られてるわけでもないだけに、この後楽園が退団記念試合的な色が強かったのかもしれない。

前回の後楽園でのさくら選手のマイクが去来する。

「勝ったひとも、負けたひとも、つないだ手を離しても、誰の選択も正しいから。自分の道を胸張っていこう。わたしはこの団体を誇りに思っています。」

それと、過去のインタビューの彼女の言葉も。

「プロレスは、『立ち上がることを見せるスポーツ』なんです。人は何度でも立ち上がる、というところを見せる競技なんですね。」

誰もさくらえみ退団には納得していない。正直ファンもおろおろするばかりだ。ただ、さくらえみと彼女に育てられた選手たちは何度も立ち上がることを知っている。それがギリギリの救い。たとえつないだ手が離れても、つながった心は離れない。今回同期のために現れた真琴のように。そして我々もこの時代に「さくらえみアイスリボン」を見れたことを誇りに思っています。

…さくら選手、まだ退団してないけどそういう文章になってしまうな。

と、そんなシリアスな部分以外を後半一手に背負ったセミファイナル・ほもクロ vs 385都猿気違's vs けんとひかりはももクリ行けなかっただけに最高だった!ほもクロで12.25といえば「サンタさん」、ということでリング上ではほもクロwith都が踊りまくり、リング下でもサンタコスの選手たちがダンサーを務める。DDTじゃ出来ないこのインパクト、このピークはたまアリを越えたね!行けてない俺比だけど。

【追記】この文章書いた後に気づいたことがある。上で書いたとおり、前回の後楽園のラストでさくら選手が言ったのが「勝ったひとも、負けたひとも、つないだ手を離しても、誰の選択も正しいから。」そして今回の後楽園でメインで勝った志田選手が言ったのが「全員アイスリボンについてこい!言ったね?言ったね?言ったね?これから約束の握手、その手絶対放さないから!覚悟しろ!」。どちらも「つないだ手」「約束の握手」と手にまつわる言葉で会場を締めているのだ。アイスリボンの興業の最後が毎度観客との握手で締めるとはいえ、奇妙な符合だ。

元twがみつからないので「こんな感じ」になってしまうのだけど、私立恵比寿中学の曲「永遠に中学生」と「イッショウともだち」についての誰かのtwに「『永遠』も『イッショウ』もあり得ないから感動的なのだ」というものがあった。たしかに、アイドルを応援するおじさんも女子プロレスを応援するおじさんもそれなりに歳を経てきてるので「永遠」も「イッショウ」がいかに難しい、むしろムリであることは知っている。しかし、その言葉を使うことを許される人々もいる。むしろ許される人がアイドルの条件なのだろう。

そして「永遠」「イッショウ」と同じくらい「約束の握手」「その手絶対放さない」ことも難しいことだ。そしてその言葉を放つことは、非現実的なことをいうこと。さくら選手が言ったらどこか違和感があるだろう。どこか悲壮感すら感じるかもしれない…。しかし今の志田はその言葉を言えるレスラーだと思うのだよな。ひたすらポジティブ、でもちょっと切ない。「永遠」「イッショウ」「約束」「絶対」。それはたとえ幻想の言葉であっても、その表明をするに足るほど青臭く無垢なレスラーの言葉なら、それは何かしら観客を震えさせる。そしてその可能性に賭けたくなる。たとえ裏切られるのが分かっていても、何度でも何度でも。
そして、志田に限らずほとんどデビュー3年以内であるアイスリボンの選手のほとんどがその条件を備えている気がする。それは年長組である内藤メアリや新田猫子らでさえ。きっと技巧より思いで観客とぶつかっている者だけが言える言葉。それはいつかウソになってしまう言葉なのだけど、今口から出てる瞬間はウソじゃない。自分がアイスリボンを見だした時「いろいろアイドル的だなあ」と思ったけど、そんな要素もまた近いのかもしれない。

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